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明日は卒業試験

嫁が 一番心配し気にしていたことは

次女の事

俺が確り 見守りながら 病気も治していくからね!



明日 通信制高校の卒業試験

本当は12月実施されて もう終わっているんです

嫁の事もあり 学校に電話をしたら 

担当の先生が 年明けに 受けれるように と 段取りして頂きました

単位取れるかな~

どうにか なるでしょ おきらくな とうちゃんでした

朝早くから 出発しなければ

俺 明日 は 何すればいいのかな~~~~

一日は長いよね~

そうそう 嫁との思いで巡りしよ

数回 学校の事で 一緒に来た時 嫁と二人で散策した所とかを

ね ゆうこ・・・・・

他 どこか行きたいところある???


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落ち着いたらまた始めようかな~

嫁が病気になるまで 遣っていた趣味

気晴らしも必要だしね

コレ 以前在籍していた クラブのイベントで 俺が 作ったんですよ

HP担当だったから・・・・・



俺は 写っていませんよwww

コレは その時 一緒にとばしていた 学生さん

物凄く上手に飛ばすんだよね~



こんなに飛ばせたら気持ちいいだろうな~
(動画は海外の大会に出場した時の物です そのサイトに掲載されていたものです)


今度はね 俺の 一番の宝物の動画

嫁の声が 入っているの 開始から2分くらいの所に チョッとだけどね

病気が わかった年の10月に 嫁に撮って貰っている

その頃はね 治ると信じていた頃

嫁の体調も良かったし 年明けて 一緒に仕事できたらとも思っていた頃

仕事といってもトランシーバーで合図してもらうだけなんだけどね

本当はね お昼 一緒に 弁当食べたかっただけw



今からはね 嫁と一緒に飛ばすよ

何時も一緒だから・・・・・・

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後悔している事

嫁が病気になった 以降

治療には何時も付いていっていた

入院しても毎日病院に行っていた

治療開始からの1年は 順調に回復傾向にあったので安心していた

2年目に入り 年初めに脳転移発覚 後 最初は順調に思えたが

その年の年末 血液検査で肝機能示す数値が基準値を大幅に上回っていた

3年目に入り 1月 抗癌剤の変更 肝臓も落ち着いたかのようだったが

薬が効いていないように思えた

体重も激減 体力も低下 していった・・・・

俺の 心は折れそうになっていた

2月に 思い切って ブログをはじめた タイトルは ナンテコッタ===3

応援してもらいながら 嫁を支える事が出来ていた

そのころ 余命宣告は 必要ないと 心に誓っていた

俺の心が 折れるのが怖かったから

主治医には 聞きもしないし 伝えられた事は無い

今だから 書ける

2014年2月頃

「先生 嫁は後どれくらい生きられるかな?」

と聞いたとすれば

答えは「6ヶ月」 と・・・・・・

予測は出来ていた

だから あえて 命の期限を聞かない 聞きたくないと・・・・・

2014年11月 それは突然遣ってきた

11月9日に 嫁が 朝から熱があった 主治医に電話したが学会の為不在

以前から主治医から自宅近くの病院を紹介してもらっていたので 其処へ連れて行く

細菌感染による発熱という事で 点滴を受け薬を貰い帰宅

その夜 今まで一人で動けていた嫁が介助無しでは動けない

心配になり 救急車を呼び 病院へ

大きな名の有る総合病院

そこで 診察後 救急外来の医師から

突然 「予後の事は聴いていますか?」と・・・

俺 「余命の事だったら聞きません 言わなくても良いですよ」

で その病院から 他の病院へ(その病院から送ってもらった)

其処でも 同じ事

結婚記念日でもある11月11日に余命宣告

内容は 2~3ヶ月

聞かなければ何も出来ません と 言われたら 聞くしかなかった・・・・・

その件も ブログで 呟いていた

多くの応援コメントの中に 批判のコメント(揚げ足を取ような)

こういう時って チョットした批判のコメントで心が折れてしまうんだよね

そうなんです

救急車を呼ばないで 主治医が帰ってくるまで待機して

それから行動していれば もっと長く治療していけたかも と ・・・・・・

俺が 嫁の 大好きな嫁の命を 奪ってしまったと・・・・・

嫁の場合 がん細胞の進行が早かったので

治療をやめれば当然命の灯火も早く消えてしまう

治療を継続できればそれなりに・・・・

余命宣告した医師の説明も・・・・

肝臓全体が癌です 左脳の80パーセント壊死しています

と今考えると 理解できないんです

主治医からは 肝臓に腫瘍はありますが今は増大していません

脳神経外科 の 主治医からは 脳腫瘍は壊死しています浮腫の影がありますが現時点では大丈夫です

と 説明を受けていたから・・・・・

今思うと

病状説明からの余命宣告でもなかった

余命宣告からの病状説明

医師も怖かったのだろう

今思うと

余命宣告を 積極的に行う医師は 患者の事を考えていないと・・・

その後 大きな病院の医師に 尋ねた

余命宣告は病院で決められている行為ですか? と

医師は答えた
「指導も罰則も何もありません、ただの風潮です」と

コメントの中にあった言葉
「宣告はしなければいけない行為です」と

患者が患者家族が必要としなければ伝えなくても良い行為 

医者は患者の命を救うのが仕事

反面の余命宣告は責任逃れにしか思えない行為

医療にも限界は有る

どんなに手を尽くしても無くなる命はある

それは仕方ない事

大事なのは どれだけ一生懸命に努力したか だと思う

それが 今後多くの患者さんの命を助ける事になると思うから

緩和ケアー(訪問診療)の先生にも聞いた

「余命は私達医師から言えることでは無いんです

患者さん 患者家族から 聞かれたら答えます

それも 予測される命の期限より短く

それでも命 限り有る命を大切にして行きたいですよね」 って

聞くと言う方もいるだろう

事実 俺自身の事で言うならば どおでも良いと思っている

自信のことでは深刻に考えていないんです

何時でもどうぞ 言いたければ今でもいいですよって

俺 だらだら生きてきたけど

それなりに人生悔いが残っていんだよね

死に対しての恐怖 も 随分以前に無くなったし

死んだ後の事 心配しても仕方ないと思っているし

それ考えたら永遠に死ねないしね

ハンコック?映画で有ったよね

生きながらえるのも辛いと思うよね

だって

大好きな人を看取って行かないといけないんだよ

精神的に無理だよね

いま 俺の 頭の中は グチャグチャ 

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忘れるのが怖い・・・・

嫁との 思いで・・・・・

風化して時間と共に忘れていくのが怖い・・・・

だから ブログという形でも 思い出を残したい

時には 立ち止り 振り返って・・・・・

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この時期 ゆうこ が好きだった物を

思い出して 作った

 ゆうこ の 仏前に お供えした

ぜんざい です

この時期になると いつも作って貰っていたんだよな~

「とうちゃん お餅何個食べる~」って

俺 餅好きなんですよね~ ぜんざいも好きなんですよね~

ゆうこ も 好きだったから・・・・・

そうだ きな粉も好きだったよね

明日 きな粉餅 作って お供えしよお~


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話を聞いてもらう事が

葬儀後 声をかけてもらう

その中には 傷つく事もある

「病院に居たらもっと生きていたかもしれないね」

心を直撃で抉られた・・・・・

「嫁さんに頼りすぎていると 居なくなってから何も出来無くなるよね」

的外れな言葉に怒りさえこみ上げてくる・・・・

反面

淋しくなったね~ と声をかけて頂き

俺の話を聞いてくれる方も居る 心が救われる

でも 後で 心の中で謝罪している自分が其処には居る

何故?

話を聞いて頂いている方全てが

一緒に泣いてくれる・・・・・

特別に親しいわけでもないんですけどね


優しい方に 囲まれている自分に気付く

これも すべて

ゆうこ のおかげ

殆どの方が

ゆうこ の事を 「良い奥さんだった・・・・・」といって頂いている

とにかく 優しい子だったから・・・・・

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治療開始から約一年後(T_T)

2013年(平成25年)1月

その時 次女の学校の事で話をしていた

いや~
次女は高校1年生で 中退
以降 学校には行っていなかったんだよね
本人が 「福岡の通信制高校に行きたい」って言ったので
その件で話していたんだよね

オープンキャンパスの見学に行く日にちとかを話していたんだ~

2月に 決めて 3人で楽しい日々を送っていた 1月末

夕食時 突然 嫁が 痙攣を起こす 意識も無い
(それまで 調子良かったので 油断した と思った)

救急車 を 呼び 病院へ搬送

鼻血も出ていた
(これで 終わったと思った瞬間だった)

医師の説明
「脳腫瘍があります おそらく乳癌の転移だと考えられます」


「動けなくても、なんでも  命だけは助けてください」

医師
「脳転移から直接命に関わる事はありません」

俺 ほっとする

約1週間の入院治療
治療といっても 脳腫瘍で発生している浮腫を緩和する治療

腫瘍の治療は退院後 違う病院ですることになった
(そこに ガンマナイフの設備が無かったから、県内では一箇所しかない為)

入院中も毎日病院へ足を運んだ

嫁が
「とうちゃん 時計持ってきて」

家の近くのホームセンターで小さな目覚まし時計を買いもって行く
(今その目覚まし時計は台所に置いている 朝御飯作る時目に留まる
  当時の事を思い出し涙が頬をつたう)

何時も 嫁が使っていた ハンドバッグを・・・・

俺が何時も持っていた
気持ちなのか 何時も一緒にいるから大丈夫だからと呟きながら・・・・・・

病棟も 入院当初は 救急病棟 数日後 一般病棟へ

その時 個室をお願いするも空いていないとの事で 大部屋へ

数日後 嫁からメールが来た

「とうちゃん 個室空いたんだって~ どうしようか?」


「今日 病院から退院の連絡が来たから そのままでいいよ~」

「ん わかった」


翌日
嫁からメール
「いま計算書もらったけど 19万円だって 大丈夫?」


「大丈夫 限度額認定書があるから 明日 提出して再計算してもらうから心配しなくていいよ」


「ごめんね」

良いんだよね~
また キラキラした笑顔が帰ってくるんだから

メールしなくても 俺 病院には毎日行っているからと・・・・

俺が 行く前か 帰った後 に 来るんだよね~


退院の日は いそいそと迎えに行く

その時は祭日も挟まった土曜日

一旦家に帰り週明けに ガンマナイフ治療の為に 病院を替わり再入院

ガンマナイフは1泊2日の入院で治療できた

治療後の1ヶ月目の検査では

3センチ程あった腫瘍が1cm位まで小さくなっていた

一安心と 思っていたんだが・・・・・・

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結婚前に一緒に遊びに行ったところは

北九州 に ある

スペースワールド に 彼女と 彼女の姪 と 3人で行ったよ~

前日 電話 したら

彼女
「今から 車洗いに 〇〇プラザに行くよ」


「俺も行くから~」

当時 俺 軽自動車 だったから

彼女の 車で 行く事にしてたんだよね~

遠出するから 車洗いたかったらしい

俺 車のプロだから

一緒に 車洗った後 点検もしてあげた

翌日 朝 早く 彼女の家に行き

出発

楽しい1日だったな~

宮崎の生駒高原にコスモスも見に行ったよ~

一面 コスモス

綺麗だったな~

彼女と一緒に コスモス見ながら 弁当食べた 美味しかった~
(また2人で行きたかった・・・・・)


1990年(平成2年)11月11日 結婚

最高に幸せでした

出合って 半年くらいでした

俺の 一目惚れから 始まり 

一緒になれた

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こうやって 記事を書いていると

今でも ゆうこ が 側にいるようだ 楽しかった日々

何も無い日常が どれだけ 幸せな事か 再認識する・・・・・・
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乳癌の治療を始めてから

2012年(平成24年)3月治療が始まって

毎回 病院へは 付いていっていた

その年の 治療の 経過は良く

抗癌剤の副作用で 「味覚障害」 が8月頃 出た

後 体 の方は 強い副作用は出なかった

辛いのは 何を食べても 「味がわからない」 と言っていた・・・・・

味覚障害との闘いは 1ヵ月半位だったと思う

年末には

主治医から
「年が明けたら 検査をして 手術も考えて行きましょうか」

と言われたと言っていた位経過は良かった

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結婚に向けて発動

初デート 以降

ほぼ毎日 電話をし

1週間に最低でも3回 彼女の自宅へ遊びに行き

一月が過ぎた頃

彼女が
「私に飽きたら 別れて良いから・・・・」


「・・・・・・・・・」

その後

抱きしめて
「俺と一緒になってくれ」

彼女 暫く黙っていた
「少し考えさせてください・・・・・」

俺 これで終わっちゃった~
と 思っていたけど 諦めたくはなかった


数日後 彼女に電話 をして 再度会うことに

彼女
「私 病気があるんです」


「何の?」

彼女
「皮膚の色素が抜けていく病気・・・・」


「大丈夫! 気にしなくていいから ね」

彼女
「あなたに ついていきます」


「有難う 俺 頑張るから」

その後

彼女の 自宅へ・・・・・

以前と一緒 最低でも週3は通っていたかなw

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とうちゃん

Author:とうちゃん
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趣味仕事の事を綴っていきます

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